熊本地方裁判所 昭和32年(ワ)85号 判決 1960年5月31日
原告 国
訴訟代理人 中村盛雄 外二名
被告 株式会社 肥後相互銀行
主文
被告が昭和二十六年十二月二十七日、別紙目録記載の不動産につき、訴外津志田安喜との間になした売買は金百五十九万八千百九十一円の限度でこれを取消す。
被告は原告に対し金百五十九万八千百九十一円及び金百四十六万三千三百一円に対する昭和三十二年三月六日以降、金十三万四千八百九十円に対する同年五月二十一日以降それぞれ完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求原因として「別紙目録記載の不動産は訴外津志田安喜の所有であつたところ、同訴外人は昭和二十六年十二月二十七日これを被告に売渡した。しかしながら同人は昭和二十六年十二月二十七日現在において原告に対し、昭和二十二年度所得税として本税十八万七千百六十七円、利子税四万七千五百七十円、延滞加算税七千八百五十円、延滞金二十二万四千二百円、向二十三年度所得税として本税十五万千二百七十六円、利子税三万八千四百十円、延滞加算税七千五百五十円、延滞金十三万七百六十円、同二十四年度所得税として本税五十二万五千八百二十五円、追徴税七万九千二百五十五円、加算税千七百円、利子税十三万三千三百円、延滞加算税二万六千二百円、延滞金一万二千二百八十円、同二十六年度所得税として本税五千四百円、利子税二百二十円、延滞加算税百十円、同二十五年度源泉所得税として本税一万二千三百五十三円、追徴税二千円、加算税二千五円、利子税二千百六十円、延滞加算税六百円、以上合計金百五十九万八千百九十一円の租税債務を負担して居り本物件の他にこれを担保する充分な資産を有していないことに徴し右譲渡行為が右国税の滞納処分による差押を免れるため故意になされたものであることは明かである。而して本物件の売買当時の価格は合計三百一万三千五百三十円であるから原告は国税徴収法の規定により被告に対し右不動産の価格を下廻る租税債権相当額金百五十九万八千百九十一円の限度で右津志田安喜と被告間の前記売買契約の取消しを求めると共に被告が右物件の内(一)の物件を昭和二十八年四月一日訴外森トヨに(二)の物件を同二十九年十二月二十七日訴外津志田テイに売渡し既に登記手続を了えていることに鑑み受益者としての被告に対し、本件不動産の返還に代えて金百五十九万八千百九十一円及び金百四十六万三千三百一円に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和三十二年三月六日以降金十三万四千八百九十円に対する請求の拡張申立書送達の日の翌日である同年五月二十一日以降、それぞれ完済に至る迄年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴請求に及んだ。」と述べ、
被告の抗弁に対して「(一)被告が本件不動産を買受けた当時右行為が原告の租税債権を害すること知らなかつたとの点は否認する。(二)詐害された債権そのものの消滅時効を援用できる者はその債権の時効完成により直接利益を受ける者即ち当事者に限定されると解すべきところ、本件租税債権につき当事者とは納税義務者たる津志田安喜をいゝ被告の如き詐害行為に於る受益者はその詐害せられたる債権の消滅時効を援用できない。仮りに右主張が容れられないとしても原告は本件不動産につき、熊本県が県税の滞納処分として差押を継続中の昭和二十六年十月十二日同県に対し、原告の津志田に対する国税債権の滞納処分として交付要求をしているから時効は一旦中断された。しかし右差押は昭和二十七年五月二十日解除されたから、翌二十一日から新たに時効は進行することになるが右時効の起算点を仮りに被告主張のように昭和二十七年一月一日からと考えるとしても時効完成前の同三十一年十月十一日原告は当時本件不動産につき、市税の滞納処分として差押をなしていた熊本市に対し交付要求をしているから、その時本件国税債権の消滅時効は再び中断され、その後右差押が解除された時期は同三十三年三月三十一日であるから本訴提起前には時効は完成していない。(三)原告が本件不動産の売買の事実を知つたのは、昭和二十八年四月十四日であるがそれは単に譲渡行為のあつたことを知つたに過ぎずその後調査の結果、同三十年八月十六日に至つて初めて津志田が右売買に当つて詐害の意思があつたことを知つたのであるから、詐害行為取消権の時効はその時から進行すべく、而して原告は昭和三十二年二月十六日受附の訴状及び同年五月十三日受附請求の趣旨拡張申立書を以つて本訴請求に及んでいるのであるから右時効はその完成前にいずれも中断した。従つて被告の抗弁はいずれも理由がない。」と述べた。
立証<省略>
被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として「被告が原告主張の日、訴外津志田安喜から本件不動産を買受けたことは認めるも、原告が同訴外人に対してその主張のような租税債権を有することは知らないし、津志田が右租税債権に基く滞納処分による差押を、免れるため、故意に本件不動産を被告に売渡したこと、被告が本件不動産を訴外森トヨ及び同津志田テイに売渡したことは否認する。津志田安喜と被告間の前記売渡契約は被告が同人に対して有していた債権の弁済の方法としてされたものであるから詐害行為にはならない」と述べ、抗弁として、「(一)仮りに津志田に詐害の意思があつたとしても受益者たる被告は当時その情を全く知らず同訴外人に対する債権の弁済の方法として本件不動産を買受けたものであるから悪意の受益者として原告から右売買の取消しを求められ、且つ本件不動産の返還に代えて金銭支払の責任を負ういわれもない。又(二)被告がその情を知つていたとしても原告の津志田に対する租税債権自体が消滅時効にかゝつているから右債権の効力としての詐害行為取消権も又消滅している。即ち、本件不動産につき、初め熊本県及び同市がそれぞれ前記津志田に対する県税及び市税に基き、滞納処分としての差押をなしていたところ昭和二十六年十二月頃被告が同人に代つて右地方税の滞納額を完納したことによつて右差押は解除され、その旨は同県及び市から原告に対し遅くとも同月末日迄には通知されている。而して原告が同年十月十二日に国税滞納処分として同県に対し交付要求をしている事実はあるが前記差押解除を知つた翌日である同二十七年一月一日以降は、同訴外人に対し国税債権を行使したことはないのであるから右債権は前記日時から起算して五ケ年の経過により本件訴訟提起前に既に時効完成により消滅した。更に(三)、(一)及び(二)の抗弁が容れられぬとしても原告は遅くとも昭和二十七年五月二十日頃までには本件不動産の売買の事実及び右売買につき詐害行為取消の要件が存することを覚知していたものであるからその時から起算して二ケ年の経過により原告の詐害行為取消権は本訴提起前に既に時効完成により消滅に帰している。以上原告の本訴請求はいずれの点からも理由がない。」と述べた。
立証<省略>
理由
被告が昭和二十六年十二月二十七日訴外津志田安喜より本件不動産を買受けたことは当事者間に争なく、成立に争なき甲第一号証の一によると、津志田は右売買当時原告に対して原告主張のように金百五十九万八千百九十一円の租税債務を負担していたことが認められる。そこで先ず右津志田が本件不動産の売買に当つて債権者である原告を害することを知つてなしたか否かを判断するに、成立に争なき甲第三乃至五号証同第七号証の各記載及び証人渡辺清一(第一、二回)同名和虎之輔(但し後記措信しない部分を除く)の各証言を綜合すれば、前記売買当時津志田は被告に対し百三万円前後の債務を負担し、その担保として本件不動産上に債権の極度額百三万九千円の根抵当権を設定してその債務の弁済方法としては、別途に同訴外人と被告間に無尽契約を締結しその掛金をもつて前記債務の弁済に充てることとしていたが、その頃、事業に失敗して掛金の払込み、利子の支払も滞つていたのみか、県市税の滞納のため本件不動産の一部に差押を受ける迄に立ち至つていたが、その資産としては本件不動産の外見るべきものはなく到底前記国税債権を担保するに足りなかつた。而して津志田としてはこれを放置するならば前記国税債権に基き本件不動産につき重ねて原告から滞納処分を受けるに至ることを恐れて、原告からの申入れもあつたので被告が前記県税、市税約五万円を津志田に代つて完納することを条件として当時負担していた約百三万円の貸金債務の弁済の方法として被告に対しこれを譲渡することを同意し、同時に将来これを再び自己の手中に取り戻すことを意図して一年以内に買戻し得る特約の下に本件不動産を被告に対し売渡したものであることが認められ、右認定に反する証人名和虎之輔の証言の一部は前記各証拠と対比すれば未だ信用するに足らず、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。右認定の事実によれば、被告と津志田間の右売買契約が既存債務の弁済の手段としてなされたとしても訴外津志田に前記国税債権を害する意思のあつたことは明かで同人は右国税債権による滞納処分を免かれる目的で故意に本件不動産を被告に譲渡したものと認めざるを得ない。
次に、原告は本件不動産の売買に際し、全くその情を知らずに買受けたのでこの点からしても詐害行為は成立しない旨主張するのでこの点につき検討するに、証人名和虎之輔の証言中には当時被告銀行の貸付課長として津志田との本件不動産の譲渡の交渉に当つた際、津志田が本件国税を負担していた事実、従つて津志田が右国税債権を害することを知つて本件不動産を譲渡しようとしたものであるとの事実を知らなかつた旨の供述はあるがこれ等は、いずれも前掲甲第三号証の記載及び前掲渡辺清一(第一、二回)の証言並びに前掲甲第五号証により認められるところの、被告が津志田に対してとつた債権整理の方法が云わゆる「流れ込み」と称して本件不動産上に抵当権を有し当然抵当権実行により優先弁済権が与えられているにも拘らずその所有権までも移転するという特異な弁済方法であつた事情に照らすと、にわかに措信し難く、他に原告の善意を認定するに足る証拠はないから被告の右主張は採用することはできない。
そこで更に進んで被告の本件国税債権は国税徴収法第百七十四条により五ケ年の消滅時効により消滅し原告は右債権の効力たる詐害行為取消権を行使することはできないとの主張につき判断することとする。而して時効の援用権者として民法第百四十五条の定めている当事者とは時効の完成により直接利益を受ける者と解すべく本件に於る被告の如き詐害行為に於る受益者としての立場にあるものは、債務者たる津志田の原告に対する国税債権の消滅時効を援用することは許されないものと解するのが相当である。そうすると右時効を援用しうることを前提とする被告の本件国税債権の消滅時効に関する抗弁はその余の点につき判断するまでもなく理由がないものといわねばならない。
更に被告は原告が本件売買契約並に右契約が詐害行為に当ることを覚知したのは昭和二十七年五月二十日項であるから、爾後二ケ年の経過により詐害行為取消権はその時効により消滅している旨主張するのでその点につき判断するに、被告主張の日時までに原告が本件売買につき取消原因の存することを覚知した事実は、被告の全立証、その他本件に顕れた全証拠によるもこれを認めるに足りない。もつとも原告は右売買の事実を同二十八年四月十四日知つた旨自認するけれども、詐害行為に於てその原因を覚知した日とは単に原因となる事実を知るを以つては足りずその行為につき取消し得べき要件の存することを知つた日から時効は進行すると解すべきところ、前掲渡辺清一の証言(第一回)によればその日は同三十年八月十六日と認定されるので、同日から本訴提起の昭和三十二年二月十六日及び請求の趣旨拡張申立の日である同年五月十三日迄満二ケ年を経過していないことは計数上明かであるから被告の右抗弁も亦理由がないものとして採用することはできない。
以上認定の事実によれば訴外津志田安喜と被告間の本件不動産の売買契約は詐害行為として取消しを免れず、しかも成立につき争なき甲第二号証の一乃至四の記載によれば、本件不動産は現在被告が更に転売して訴外森トヨ、同津志田テイの各所有に属しているので右不動産の所有権を回復することが困難であると認められる従つて被告は悪意の受益者として本件不動産の返還に代えて右不動産の売買当時の価格三百一万三千五百三十円(右価格は被告に於て明に争わないので自白したものと看倣す)の範囲内で原告の前記国税債権相当額を原告に支払うべき義務があるものと云わねばならない。
よつて原告が右売買契約を滞納租税金額の限度で取消しを求め、且つ被告に対し租税債権相当額である金百五十九万八千百九十一円及び内百四十六万三千三百一円に対する訴状送達の翌日であることが記録上明かな昭和三十二年三月六日から内十三万四千八百九十円に対する請求の趣旨拡張の申立書送達の翌日であることが記録上明かな同年五月二十一日から各完済迄年五分の割合による遅延損害金の支払を求める本訴請求は理由があるのでこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 浦野憲雄 牧田静二 村上博己)
物件目録<省略>